不登校・思春期の引きこもりのお子さんと毎日頑張るお母さんのためのHP「笑顔のたね」雑記です。HPも御覧下さい。


by egaonotane
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カテゴリ:炊き出し隊( 3 )

今後のために

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今回も伊勢みずほさんの炊き出し隊にアロマで参加させていただき、南三陸町に行ってきました。

*昨日の炊き出し隊と被災地の現状がよくわかるその他のブログ

前日夜が楽しい飲み会ヾ(=^▽^=)ノだったのですが、いい加減な気持ちで炊き出し隊に参加したくはないので、飲むのは控え目にし仮眠を取り、まだ外の暗いうちに家を出ました。

体育館で生活する方たちも減り、前回よりハンドマッサージをさせて頂いた方は少なくなりました。

中学生の男の子、お母さん、体育館の2階にいるあまり自由に動けないおばあちゃんたちに、どれだけお役に立てたかはわかりませんが、マッサージをさせていただきました。

何ヵ月もこうしているみなさんの肉体的、精神的疲労はいかほどかと思うと、私自身としては、何もできない無力さを感じます。


とはいえ、炊き出し隊としては、焼きそばや海鮮汁、子どもたちにボールプールやスイカ割りと盛り沢山の内容で、みなさんに喜んでいただけたのではないでしょうか。

そちらに携わっていられたみなさん、本当にお疲れさまでした。

やきそばなんて300食を、ひたすら休むことなく調理されていました。
心がなければできない。


炊き出しを終え、最後に鉄筋だけになったあの防災対策庁舎に祭壇が設けられているとのことで、みなで立ち寄り、手を合わせきました。

今回もやはり携帯で写真を撮ることはためらわれましたが、実際にその場に立った時の気持ちを忘れないため、今後の長期的な支援を続ける必要性のためにも、一枚だけ、載せさせていだだくことにしました。

車の中から通り過ぎるのと、実際にその場に降りて、目の前に広がるものを感じるのとでは、また違いました。

亡くなった方たちの思いを考えると、悲しすぎて涙がでてきました。

そのままにしていると嗚咽泣きになりそうだったので、他の人に覚られないよう涙を拭きつつ、心を落ち着けました。

こんなせつなく悲しい思いは初めてでした。


改めてご冥福を心より祈ると共に、被災をしていない私たちが今後できることを心を込めてやらせていただけたらと思います。
by egaonotane | 2011-07-25 00:54 | 炊き出し隊

自分のことは…

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私はまだまだ上手とは言えませんが、心だけは込めハンドマッサージをさせて頂きました。

一番乗りのお母さん。
3人のお子さんがいる元気で明るい方でした。

私達の方が元気を貰えるぐらい(^-^)

名前が同じめぐちゃんらしい。

避難所で生活はされていませんが、思い出の品を探しに来てアルバムが一冊見つかったのだそうです。

みんな流されて何も残ってはいないけど、アルバムが見つかって良かったと喜んでいました。


その他にもお子さんがたくさんいるお母さん方や、先生、おばあちゃんも来られました。


みなさん、共通して言われていたことは、子どもの面倒を見ながらであったり、生活をしていくのが精一杯で、自分のことは二の次になってしまうと言われていました。

「眉毛なんかボウボウだ」「手も日に焼けて真っ黒」と明るく笑っていました。

マッサージをさせて頂いて感じたことですが、東北の方だからなのか、みんさん肌がきめが細く、とてもきれいでした。


日焼けをせざるおえない環境で焼けてしまった肌は、本来とっても白くてきれいな肌なのだろうと思うと、心が痛みました。

明るく笑い飛ばしていたって女性ですから、口紅のひとつもひいて、お化粧だってたまにはしたいのではないかな。



あるおばあちゃんは、たくさん話しをされていきました。

仮設住宅は抽選なので、いつ入ることができるかもわからず希望が見えないとのことでした。

指の先が変形し始めていて、リュウマチの始まりらしいと言われていました。

とても疲れているけれど、何とか希望を持って生きていくしかないのだと。

「お陰でこうしてマッサージまでしてもらえるんだから」と、前向きに物事を捉えようとする姿勢に頭が下がります。

最後にリュウマチの指先が少しでも良くなられるよう祈りながら、ぎゅっと両手でおばあちゃんの手を包みました。


みなさん、本当に疲れています。

女性としても気持ちが少しでも華やぐように、何か私たちにできることはないものでしょうか。



家が流され何もない方たちと、身内も亡くされ悲しい状態に変わりはなくても、家が残っているという事実が、支援の格差を生んでしまっているという現状もあるようです。


みなさんが安心して生活できるようになるには、まだまだ時間かかると思います。

やはり一時のものではなく、むしろこれからの支援の必要性と、より良い支援の在り方を強く感じました。


そんな中でも子どもたちの元気な姿を見ることができてとても嬉しかったです。

ハンドマッサージには、実は中学生がたくさん来てくれたのでした。

それも野球部の男子です('∀'●)

初めは遠巻きに見ていましたが、初めの勇気ある子のお陰で(笑)次々と真っ黒に日焼けした腕を出していく姿が可愛いかったです。

きっと男子の場合、最初で最後の貴重な体験になるかも知れませんね。
(大人になってもやらないだろ)

女子も大人の体験に楽しそうでした。

みんな素直ないい子たちで、おばさんは冷たい手の子がいれば、しばらくぎゅっ握って温めちゃいました(笑)


私が息子のお陰で頑張れるように、どんな時も子どもたちの存在というものは生きる力、前に進む原動力になるのかも知れませんね(*^□^*)
by egaonotane | 2011-06-28 02:05 | 炊き出し隊

黙礼

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25日は「伊勢みずほ!ごきげん新潟応援団 南三陸歌津 炊出し隊」の一員としてアロマハンドマッサージで参加させて頂きました。

大変失礼ながら、お話を頂くまで伊勢みずほさんを存知上げませんでした。(お名前は聞いたことがあるような)

今回伊勢さんの思いの深い大切な一日に同行させて頂き、大変貴重な経験をさせて頂きました。

ありがとうございました。


アロマでの参加は、たねでいつもお世話になる社会福祉のOさんにお話しを頂いて参加させて頂いたのでした。

震災後、何かお役に立てないかと思っていましたが、経験のない個人で動くことはなかなか難しく、今回声をかけて頂き心から感謝しています。

Oさんありがとうございました\(^O^)/


また「ラーメン処潤」さんを始めとする今回3回目となる炊き出し隊を、当初立ち上げた方々の行動力と思いに脱帽すると共に、そのお仲間に入れて頂けたことに心から感謝致します。

後からそこに続くことは容易ですが、初めに事を始めることは大変なこと。

ありがとうございました。\(^O^)/



高速道路を降り、被災地に向かうまでの窓から見える景色は、本当にあの震災はあったのかと疑うほどでした。

あの日以前と同じように時間は静かに流れ、ごく変わりのない生活の営みがあるかのように私の目には映りました。


被災地に近づいてさえ、道路の脇の家々には地震の被害はさほど見受けられませんでした。

それが津波が到達した地域に入ると一変しました。

視界に飛び込んできた町の様子に言葉もなく、バスに乗る誰もがその有様をそれぞれの思いでただ見つめていたように思います。

テレビの中の出来事が、実際に目の前に広がったことで、「これが現実なんだよ」と教えられました。


家の土台だけが残り、鉄筋がむき出しになったコンクリートの建物や、辛うじて残った建物も窓ガラスは割れ、津波がその建物を恐ろしい破壊力で飲み込んでいったかがわかりました。

被災された方たちのたくさんの思い出や、生きてきた証。

瓦礫というにはあまりにも悲しい。

一面に広がるその光景の中をバスで走りながら、たくさんの悲しみ、苦しみ、無念な思い…が、どうか光で包まれていかれるようにと祈りました。


天皇皇后両陛下がこの南三陸町の避難所を慰問された際、お帰りになる時に再度黙礼をされていました。

今回炊き出し隊が訪れた避難所の歌津中学も慰問されたそうですし、高台にある小学校から壊滅した町を目の当たりにされ、天皇皇后両陛下がどれだけお心を痛められたのか。
再度の黙礼に込められた思いはいかほどであったのかを、少なからずとも共感させて頂けたように思います。


原発の問題から自然エネルギーへの転換を。
当たり前のものなどないのだということを。
全てが有り難い奇跡のような連続の中で私たちは生かされているのだということを。
私たちの意識はあの日以来動き始めています。

でも…
ここまで壊滅しなければ私たちはわからなかったのか。
なんてかみさまはむごいことをされるのだろう。

そんな思いがぐるぐると頭の中を巡っていきました。

だからこそ真剣に生き方を考える時なのかもしれません。



ところで私は始めから、写真は撮らないと決めていました。

写真なしで私の拙い文章では、壊滅という現実がどんなに胸が苦しくなるくらい悲しいものか、伝わりにくいとは思います。

かなり高台にある線路脇の斜面に、そこにあるのが当たり前のように乗用車があの時のままになっていました。

こんなところにと思うような場所に漁船がありました。

元の姿を留めていない乗用車がたくさんありました。

亡くなったたくさんの方々、今も懸命に生きていこうとされている方々の(多分被災していない私たちにはわからないであろう)思いを私なりに考える時、どうでもよいような私のブログなどに載せるために、携帯のあのカシャカシャという軽薄な音を鳴らしレンズを向けることはしたくはありませんでした。

だから撮ったのはアロマの先生がラジオ用にインタビューを受けているところや、ハンドマッサージをされているところ。

とってもかわいい新人アナウンサーの新海さんと一諸に撮って頂いた楽しい写真数枚なのでした。
(若く美しい方の隣では私の写り具合が超~~~~NGなので載せません 笑)

(炊き出し隊の様子は伊勢さんのブログでご覧になれますので、ぜひ♪
ハンドマッサージの様子も載せて頂いています)


ひとつ写真を撮っておきたかったものがあります。

バスが道を間違え海辺に行き、Uターンして戻る途中、紫陽花がひつそりと咲いていました。

その一帯も津波が押し寄せてきたはずなのにしっかりと生きていました。

色づき始めた鮮やかな青紫色の紫陽花に、これからも生きていかねばならない、懸命に前に進もうとしている被災者の方たちが元気が出るよう、きれいに美しく咲いて励ましてあげてねと心の中でお願いしてきました。

あの紫陽花は今日も咲いているのでしょうね。

一雨ごとにより色鮮やかに。


つづく^^
by egaonotane | 2011-06-28 00:05 | 炊き出し隊