不登校・思春期の引きこもりのお子さんと毎日頑張るお母さんのためのHP「笑顔のたね」雑記です。HPも御覧下さい。


by egaonotane

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またね

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なんの木かわからない小さな木も、この一年で少し大きくなったような…



携帯で撮った写真を眺めていると、季節の移り変わりはあまりにも鮮やかで、こんなに素敵な時間の中で、この一年も過ごしていたことに、改めて気付かされました。

家事をしたり、息子のことを考えていたり、なんら変わりのない毎日だけが、自分の世界なのだと思っていたら、それはきっと間違いなのかも知れません。


お蔭さまでこの一年、たねの皆さんを始め、たくさんのありがたい出逢いがありました。
ありがとうございました。

息子との毎日は一歩前進、二歩下がるみたいな感じでした|(-_-)|
でも下がりながらも、元の場所ではなく、ゆっくりだけど確実に前進しているのだと思ってます。


来年の抱負ですが、自分が楽しめることを引き続きやっていく予定です。
いろんな方を巻き込んでしまうかも知れませんが(笑)よろしくお願いします。

2月には上映会&講演会があります♪
気を引き締めていかなくては!(少し緊張し始めてます)


あとつい最近、まだ名前ばかりですが、カラーセラピストの資格も頂きましたので、どこかでみなさんのお役に立てればと思っています。


大いなるものは
遠くまでゆく
遠くまでゆくものは
還ってくる

この言葉がとても好きです。
心にしっかり刻んで来年の今頃、同じ言葉が好きでいられるよう一年を過ごしていきたいと思います。


みなさんありがとう(^O^)/

来年もよろしくお願いします\(^O^)/

よいお年を~(^_^)/~
by egaonotane | 2010-12-30 01:51 | つぶやき

かくれて

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雪の中に小さいものが隠れていました。


ピアノのレッスンを休んでもう一年になります。

あんな燃えていたのにな…(笑)とはいえピアノが好きなことには変わりありませんが。

発表会があると極度の緊張で、吐き気や震えに襲われました。
自分の精神的なところからくる身体の異常ほど、厄介なものはなく、自分なのにコントロールできない情けなさを味わう度に自己嫌悪に陥りました。

そんな私に先生の励ましだったのだと思いますが、
私自身が嫌う緊張症の部分を、繊細であるが故のことであり、音楽を表現するには大切な部分だと言ってくれました。


ある発表会の時、弾き終えた後に半ば落ち込み気味でトイレに行ったところ、聞いてくれていたお客さんが「とっても良かったですよ〜」と言ってくれてとても嬉しかったことを覚えています。

その方は、その後教室に通うようになりました。
後で先生に聞いたのですが、私の演奏(ってほどでもないけど)を聞いて、先生に習ってみたいと思ったのだそうです。

自分では嫌いだと思っていたことも、隠れていたお宝だったんだと感じた経験でした。


それに今思うことは、人前て弾くことに、極度の緊張とストレスを感じるという引っ込み思案の私がいるけれど、本当は人前で自由自在に格好良く(笑)弾きたい超目立ちたがり屋の私も存在している。

どちらも自分の中にある大切な部分なのだなって思います。
良い悪いで切り捨てたら、とってももったいないものかも知れないです。


う〜ん
でもまだ好きにはなれないところだけどね(T_T)
by egaonotane | 2010-12-28 00:56 | つぶやき

また前進しよう

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こたつから出てこないので引っ張り出されたくろちゃん(誰の散歩なんだ〜散歩に行くんだよ〜)

寒い一日でした。

居酒屋「てっぺん」の創業者の大嶋啓介さんの講演会に行ってきました。

独自の「朝礼」が話題となりテレビや雑誌等でも取り上げられ、現在は講演活動にも励んでいられるそうです。


もうずっと前に夫がこの方の本を貰ったかで家に持ってきました。
始めは興味もなく読む気はなかったのですが、せっかくだからと思いパラパラとページをめくってみたら、なかなか興味深く、読んでだことがありました。

今日の講演会はたまたま友達に誘ってもらって、予定も空いていたので参加してきました。

とっても良かったです!

講演会に来てくれた人達への感謝の心がご自身から溢れていて、お辞儀ひとつにも心がこもっていて感動でした。
世の中に貢献している会社の上に立つ人は、やはり違いました。


感動が多過ぎて今皆さんにもお伝えしたいことはたくさんあるのですが、たねの雑記なので、共有できるお話しを少しだけ。


居酒屋でスタッフ採用の条件は、やる気のない人、夢のない人、自分に自信のない人、引きこもりの人ならなおさら歓迎なのだそうです。

やる気を今ちょっと失っている人の本来持っている能力を引き出すには、まずその人に対する自分の見方を変えることが必要だと言われてました。

自分の見方が変われば、自ずと接し方が変わり、相手が変わるのだということです。


昨日の雑記でも同じような意で書かせてもらいましたので続きのようになりますが、私達で言えば、学校に行かない、引きこもっている子どもに対し、正直なところどんなことを思っているでしょうか。

どんな状態であっても、この子は素晴らしいと思えているでしょうか。

私はまだまだできていません。

子どもの持っている可能性を引き出すには、まず自分が子どもの見方を変え、全てを無条件に認め受け入れていくことなのだと、改めて考えさせられました。


昨日の雑記のコメントにも「求めない」ということについて中野さんが書いてくれました。


人間は本来自由な存在です。良いも悪いも自分の意思で選択できる自由がある。
だから強制されたり、コントロールされることが嫌いなのです。

「早くお風呂に入りなさい!」とうるさく言えば、「今入ろうと思ってたのに」と意地でも入りたくなくなるように。


学校に行って。
何か早く始めて。
いつまでもこんなことしてないで。
って心の中で、母にとってはそれは仕方のない希望でもあるけど、自分の望みであり、無意識に子どもに求め、コントロールをしようとしているのだと思います。

親子ですもの、子どもも母の無意識を深いところでキャッチして、これもまた無意識に反発する。

日常の些細なことをよく感じてみると、何かをやらせようと焦った時に限って上手く事が運ばないことがよくあります。


そういったものを手放せれば一番いいのでしょうけど、容易なことではありませんよね。

人はコントロールされることが嫌いであることを念頭に置きながら、まず自分が心の目でその子の素晴らしさを見ていく。

自分の見方を変えること、自分が変わることで子どもも変わっていくのだということを心がけていこうと思います。

まずはできることから。

最近のいろいろな出会いや流れの中で、そして今日の講演会のお蔭でだいぶ自分の腑に落とせた感じがします。

さあ〜
また前進しよう\(^O^)/
by egaonotane | 2010-12-25 01:36 | 不登校/引きこもり

どちらが先?

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葉を落とした桜の木は、すでに春の準備を始めてました。



昨日は偶然にも、以前息子さんが不登校だったという、人生上も先輩の方との出会いがありました。


小2から不登校でほとんど勉強もしていなかったのに、本人が必要を感じ勉強し高校にも進学し、現在は社会人としてお勤めしているそうです。


それまでの間、その方も息子さんにいろいろな事を言われたり、物を壊されたりとご苦労をされてきたそうです。


他県にお住まいがあった頃のことで、当時は親の会に参加され、皆と共感しあいながらご自身は乗り越えてこられたそうです。

やはり、毎日が子どものことだけになるのではなく楽しむこと、自分の人生を大切にすることが必要だと言われてました。

それには親の会の存在は本当に有難かったのだそうです。


お子さんがご自身を大人にしてくれたという言葉に、私もうなずいてました。


そしてその方のお話しでとても心に響いたことがあります。


「もし、息子が親の年金で暮らさせてくれと言ってきても、よしよしそうしていいよと言いますね」


もちろん今現在息子さんはお勤めもされているわけで、そんなことはないと思いますし、決して子どもの言いなりになるような方ではありません。


では何なのか?


長く苦しい経験の中で息子さんと共に生き、息子さんの全てをまるごと認め、受け入れることができたから言える言葉だと私には思えました。


現実はそんなに甘いもんじゃないと思う方の方が多いでしょうね。


実際親の年金を当てにして…なんて事件もニュースではよく耳にすることだし。

そうなってから子どもを認め受け入れろ、信じろと言ってもそれは不可能に等しいわけで。


だからこそ、子どもが迷い苦しんでいる今、向き合い別の景色を見るのではなく、横に並んで、ふと目に入る日常の中に在る同じ景色を共に見ていくことが必要だと思います。


親の年金で生活なんてとんでもない!
息子もそんな事になったらどうしましょ!


多分その方のお話しを聴く前の私の気持ちだと思います。


そんな考え方もありなんだ!( ̄□ ̄;)!!


そう感じた時、まだまだ常識というものをはずせていない自分に気付きました。

絶えずこれは良い悪いと頭の中で仕分けているから、自分が苦しくなる。


苦しいものにしているのは自分とも言えます。


目の前に突き付けられた子どもの現実を悪いものだと決めつけているから苦しくて、子どもも同じように自分の現実を否定して前には進めないと思います。



未来のことだって、自分の受け入れ方できっと変化するのだと思います。

鶏と卵はどちらが先か?という話しではないけれど、信じるから変わるのか?
変わるから信じられるのか?(・・?)

私は前者だと最近思うようになりました。


みなさんはどちらを選択するのでしょうか?
by egaonotane | 2010-12-24 01:06 | 不登校/引きこもり

ツリー

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写真のツリーは夫の実家から数日前にもらってきたもの。

化粧品店で購入額によってもらえるというやつです。
光ファイバーというもので赤や青や紫に色を変えて光ります。

思いの外きれいで、もうずっとクリスマスツリーなんて飾ってない我が家にも、何となくクリスマスがやってくるような気配が漂ってきました。

もらってきた翌朝、ツリーを見つけた息子が、いつものようにしかめっ面をしながら、「このツリーは買ったの」と尋ねてきました。
そして…「これ貰ってていい?」なんて言ってきたのですΣ( ̄□ ̄;)

意外な展開に驚きながらも、温かな気持ちになりました。

昔は狭い家には明らかに場違いな大きなツリーに、息子と一緒に飾り付けをしたものでした。

もう何年も飾ってません。
引っ越しをして以来押し入れの上段にしまったままになってます。


息子の様子を見ていると、きっときれいな色やものなどが好きなんだと思います。
ツリーもそこに触れたかも知れないし、サンタさんが来てくれた小さい時のクリスマスの記憶が心の中にふんわりと浮いてきたかも知れないです。


目に見える変化だとか、これからのことだけに意識を向けていることよりも、ちょっとした心和む花を飾ってみたり、彩りのきれいな小物を飾ってみるなんてことも本当は大切なのかななんて感じました。
生活の中のゆとりと言うのでしょうね。

そこを軽んじて、見落としていた私でしたが、息子があんなに些細なツリーに反応したことで気付きました。

息子の今を大切にしながら、息子という本質的なものを感じ大切に育てていくことに意識を向けてみるのも悪くないかもね。


自分の部屋で色とりどりに光るツリーを眺めて何を感じてるんだろ(^-^)


今はまだこちらには書けませんが、息子のことで今朝はとても嬉しい気持ちになりました。
またいつか(^_^)/~


明日は(今日だ)は忘年会で帰りもかなり遅くなると思うので、こちらはお休みすると思います。

ではでは
by egaonotane | 2010-12-22 00:55 | 日々の出来事

笑顔のたねまき24

18日の「笑顔のたね」のご報告♪

お楽しみイベントなので写真を!と思っていましたが、忘れました…(お決まりの展開)

今回はたねにも最近参加してくれているのりこさんに協力をして頂いて

「マヤ暦」を使って自分を感じるというものでした。

ある意味占いと言えるのかも知れませんが、のりこさんのお話を聞いていると、

とても奥深くて興味の尽きないものでした。

のりこさんだからできる深さなのかも知れません。



当初母のみのデーターを作成してもらい、それについてシェアしていく

予定でしたが、「子どものはできないか?」という質問があったので、

お子さんの分もお願いすることになりました。


やはりみな子どもを思う母なので、子どものこと知りたいですよね^^


先日のオーラソーマやらびっとあいさんの体験セッションでもそうですが、

それをもとに自分が何に「気付く」かということだと思います。

占いのように信じる、信じられないの話しではなく、自分が納得する、

できないの話しでもない。


のりこさんも言われてましたね、ただ自分がどう感じるかが大切。

改善できることがあればもちろん改善していった方がいい。

ただ短所は長所でもあるわけで、そこに気付いて、自分がどう切り替えて

いくことができるか。

気付くか気付かないかって重要ですね。

とってもシンプルなことだと私は思います。


お子さんで言えば、その子の本質に気付いてあげること。

気付けば理解に繋がります。

強いてはそれが、子どもを本当の意味で「信じる」ことに繋がる

のではないかと最近思っています。

自分自身においても同様です。

まだまだ途中ではありますが、少しづつ私の中では近付いて

いっているような気もしています。(ないか…?)


息子とのこの数年、ひとつひとつの気付きは些細なことだったかも知れません。

でもこれからもそのひとつひとつが積み重なって、いつの日か大きなものになる日

がくることを信じていきたいと思います。



そう言えば、家に帰ってからお子さんたちと、のりこさん作成のデータで

盛り上がったという嬉しいメールも頂きました^^(わ~い!)


忙しいところ結構な枚数のデーターを作成してくれて、協力してくれた

のりこさん、ありがとう。

今年最後のたねも、みなさんの笑顔を見ることができてばんざ~いでした♪

参加してくれたみなさん、ありがとう。


来年1月は13日(木)と29日(土)を予定しています♪

みなさんまたね~



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                おひさまのあたたかさにまどろむくろちゃん
by egaonotane | 2010-12-20 23:54 | 笑顔のたねまき

散歩してます

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くろちゃんと散歩中。

寒い(T_T)

久しぶりにお月さまが見えます。

今日はこの後忘年会なので、今日のたねのご報告は明日以降に(^_^)/~

みなさん今日はありがとうございました!
by egaonotane | 2010-12-18 17:26
今年も残すところあと少し。

今年最後のアロマ講座も無事終了しました。

今年の2月から福祉会館で毎月開催させて頂きました。

毎回みなさんが香りと共に、いい笑顔で帰っていかれる姿を

拝見するのが、私の毎月の楽しみのひとつとなりました^^


今日は風邪予防のジェル作り。

この季節とても役立ちそうなせいか、みなさん楽しみながらも

真剣に精油を選んでいました。


2011年1月の初講座の内容は

「シアバターでこっくり万能クリーム作り」となっています。

楽しみですね~♪



楽しいお知らせを最後に^^

アロマ講座内ではありませんが、講師の川上先生の方で、

ひそかに「福袋」販売があるそうですよ。

うっとりローズウォーター(定価2310円)プラスおまけ(秘密)で

1800円での販売だそうです。

限定3ですが、すでに予約があったようで、あと若干数なら可能だそうです。

ローズウォーターを使ってみたい方、プラス「おまけ」が気になるかた!

お早めに~


アロマ講座でお会いするみなさん、来年もよろしくお願いしま~す^^

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by egaonotane | 2010-12-16 22:58 | アロマ

心から願うこと

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明日は福祉会館でのアロマ講座です♪

最近は初参加の方も増えているので嬉しいです。



今日は友達との話しから。

学級崩壊、荒れという、学級がうまく機能しない状態が起こっている際、

その要因と言える子に対し、「あの子と遊ばない方がいい」「関わらない方がいい」

というある種の偏見のようなものが保護者たちの間で広まっていくようです。

身近な話しでも「支援学級に早く行けばいいのに」と言っていたお母さんがいたと

友達から聞いたことがあります。(息子の話しではないです)

この話しを聞いた時、ひどい憤りと悲しさを感じたことを覚えています。


法律とは人を裁くものではなく、弱者救済のためのものだということがわかったと、

ある方が言っていました。


支援学級とは何か?と考えた時、それは決して異質のものを排除するための

受け皿ではなく、少数派と言われる子どもたちが優しく受け入れられる場で

あると私は思います。



皆と違う子(個性と言えると思いますが)が、どうして生き辛いのか?

一線を引かれてしまうのか?

なぜでしょうか?



そんな話しをしている時、ふと自分のあることが頭を過ぎりました。

家のベランダには植物がいろいろあるので、蟻がたくさん出てきました。

始めのうちは気にも留めなかったのですが、家の中にまで行列を作り

入ってくるようになり、流石になんとかしなくては!と慌て殺虫剤を

買ってきました。

使用することに躊躇いがありました。

何も悪いことはしていないのに、自分の勝手で殺していいのか?と自問していたから。


次第に躊躇している場合ではなくなり、使用しました。

その時思ったんですよね。

これって戦争なのだから仕方ない、恐怖や脅威の対象であるものは排除していく

という心理と同じだなと。

蟻の命を自分の恐れから排除していくことと、戦争下の集団心理と、

「あの子と遊ぶな」「支援学級に行けばいいのに」という偏見と

全てなんら変わりはない。

恐れというものがみな根底にあるのでした。

自分の心の中にもあったものをはっきりと自覚して、大袈裟と思われるかも

知れませんが愕然としたのでした。



人間の心の中には、聖母マリアさまのような心も、悪魔のような心も

同時に存在していて当然であり、その出てきた感情をただ感じて味わえば

いいのだといいます。

自分の感情を認められるということは、他者をも認め受け入れることが

できるようになるというとなのだと。

他者が先ではないのです。

まずは自分なのです。


「支援学級に…」という言葉に、当時は強い憤りと悲しみしか感じることが

できませんでしたが、自分の心の中にも、きっと誰の心の中にもあるもの

なのだと明確に感じたことで、許せる部分というものが自分の中に生まれた

ことは確かです。

家族や他者を見ることで、世の中を見ることで、自分というものが自ずと見えてきました。

きっとこれからもそれは続いていくのだと思います。



そしてひとりひとりが、互いの違いを認め、受け入れることのできる優しい

世の中になって欲しいと心から願います^^







最後に今日の朝日新聞の投稿欄から

「息子よ、笑っているだけでいい」

          ( 主婦 三重県松坂市 51歳)

作業所を休んだ自閉症の息子を誘って里山を歩いた。

茂っていた葉が落ち、冬の山は明るい。

枝があらわになり、野鳥もよく見える。

黄葉、紅葉も見事だ。

落ち葉が好きな彼は、せっせと色や形の違う葉を拾い集めている。

明るく開けた場所で休憩し、ふかふかの落ち葉に寝転んでみると、

本当に気持ちよかった。

隣で息子も満足げに笑っていて、2人で小1時間もごろごろしていた。

 つい先日、二十歳になった彼は、「知能の発達も認められるが、

生きにくさの度合いから最重度」との判定を受けた。

判定に異議はないが、親として、やりきれなさがぬぐえなかった。

けれども葉ずれの音や鳥の声に耳を澄ませ、舞い落ちる木の葉を

見て心の整理ができた。

社会性に欠けると言われても、彼は自然の中でこんなに伸びやか

で健やかに笑っているのだ。

いいじゃないか。

風が吹いたら、木の葉のように風のままに吹かれてみよう。
by egaonotane | 2010-12-15 23:39 | つぶやき

目の前の片付けから

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いつも出かける時は、お腹のお肉ともも肉をしまい込むガードルのようなおパンツを履きます。

今日は慌てて出かけたため、とってもいけてないおパンツのまま玄関を出て「しまった!」状態でした…

おパンツの話しはさておき、最近少しうっかりミスが目立ちます。

きちんとメモをしておかないと、ダブルブッキングをしてしまったり、

友達に渡さなければならないものを家に忘れてきたり…と

気を引き締めていかないといけないとかなり反省しています。

自分自身のことなら笑って見過ごすこともできるけど、人との約束や、

2月の上映会に向けての行動は慎重にしていかなければ!

自分自身の勉強も始まったこともあり、家事もかなり疎かになっています。



今日も帰りが遅くなったことと、自分もミスばかりするように疲れていたので

弁当にしました。

息子は買った弁当は嫌いです。

わかってはいるけど仕方なく、食べそうなものを見繕って買ってきました。

案の定焼き鳥だけちょろっと食べてあとは手をつけない。

自分の作ったものではないけれど、せっかく迷って探して買ってきたものに

手をつけないことと、食べなくて大丈夫なのか?!という心配で怒りました。

愛情と憎しみは紙一重というけれど、心配、不安という相手を思う気持ちでも

同じことが言えるのですね。

思うが故の怒りです。

でもこれはエゴとも言える。

息子には弁当を見れば食べずとも、「美味しくもなくまずくもない」ことがわかるから、

食べたくないのだそうです。(説得力ありました 笑)

食べたくないものを食べないことも否定されるのか!と息子は息子で怒ってました。


子どもの頃の私はかなりの好き嫌いがありました。

見た目、臭い、形、名前(たんとか…舌だ~~)

そんな私でしたから、母は食事を作るのも苦労したと思います。

よく嫌みを言われました。

「絶対不幸になるぞ」みたいな。

今なら嫌みを言って怒っていた母の気持ちがよくわかります。

そして本当は息子の気持ちもよくわかるはずなのです。



お日さまの光は無色の直進する放射エネルギーであり、何かにぶつかり屈折

することで色が生まれると言います。

といっても虹色の7色はその無色の光の中に全てが含まれているということで、

例えば曇り空で憂鬱だな~と言う時も、私たちのもとには色のエネルギーはちゃんと

注がれているのだとか。



黒い色のイメージは一般的にはあまりよくはないかもしれません。

思春期の子どもたちが黒い色の服好むのは、黒という色の中に反抗心という

心理的意味合いがあり、まだ自立できない弱い自分が、親の言うことを

聞かなければならないという反抗、反発の気持ちの表れであるとも聞きました。

それと同時に守られるという安心感というものもあるそうです。

そういえば、息子が不登校になりはじめの頃、外へ出る時は黒いコートに

フードをかぶり出かけてました。

良くないイメージを取れば黒い色ばかり…となるけれど、それが必要な場合も

あるのです。



息子に対する心配から怒りがこみ上げたと言いましたが、それは「食べないことは

悪い」という一方向からの私の見方です。

でも息子には息子の見方、感じ方がある。

くどいですが逆を返せば私の見方、感じ方もある。

どちらかが正しいわけでもない。


お日さまの光の中に全ての色が含まれ私達に注がれているように、

私たちが良いと思うことも悪いと思うことも同時に存在しているということ。

それが自然な状態なのかも。

今の私が当時の母や今の息子の気持ちも理解できるのは自分も同じ経験をしたからです。

私がしてきたひとつひとつの経験というものも、光の中に存在するたくさんの

色のようだと思いました。

いろいろな角度から本当は見ることができる。

一方向から見ただけではわからないことや、何が正しいと決め付けることは、

本当は誰にもできないのではないかと思います。


そんなわけで、どうして怒ったのか、自分の気持ちを伝えたあとで謝るべきことは

謝りました。




ミスをしたり、とっ散らかった私の今の状態は、自分の目の前のことをちゃんと

片付けていないからです。

まずは家の片付けだぁ~~~~!


おやすみなさい^^
by egaonotane | 2010-12-15 00:48 | 不登校/引きこもり