気が向く
2011年 06月 08日
明日は「笑顔のたね」、お楽しみ企画です♪
みなさんの気付きの場となっていただけたら幸いです(^-^)
昨日の雑記で、的確な表現かどうかはわかりませんでしたが、何となく「本気」という言葉を使いました。
今朝手にした読みかけの「気の日本人」という本に興味深いことが書いてありました。
日本人は「気」のつく言葉を「心」とは別なものとして自然に上手く使い分けていますが、外国人が日本語を学ぶ時、この「気」のもつニュアンスと言葉の多さに困るのだそうです。
「聞く」は「気来」が語源で、相手の「気」が自分のところまで来るから聞こえるのだと言います。
心と気もどちらも目に見えないもので、どちらも揺れ動くものですが、「心」はどちらかというと揺れ動きながら内側にわだかまっているものです。
それに対し「気」は外に向かって動いていくもので、心も体も気の行く方に動きます。
心で思っていても(わかっていても)、気が向かないから、時として体も動かなくなり、学校へ行けない、引きこもる。
心と気の内と外の関係から、「相手の閉ざされた「心」の中に入る方法は、相手の「気」に働きかけることだとか。
気は目に見えないある種の「力」あるいは「エネルギー」とよく言われますが、「力」というより水の流れる「いきおい」のようなもの。
水の流れのように、方向性があるということです。
気はどちらかに向いています。そして向いている方に動いていくのです。
気がそちらに向くと、何となく心もそちらに向いていくのです。
心でやらなければということはわかっていても、その気になればできるし、その気にならなければやれないことってよくありますよね。
話しを聞くということに話しを戻せば、本気で人の話しを聞いていると本心からそう思うようになり、本気になれば本心からそうなるのだということです。
私が感じたものは、そういうことだったのかと腑に落ちたのでした。
本当は前置きのつもりが、また長くなってしまいました(>_<)
それもわかりにくいし。
また続く(^_^)/~
参考:「気の日本人」立川昭二
by egaonotane
| 2011-06-08 23:48